Shopping Cart
Your Cart is Empty
Quantity:
Subtotal
Taxes
Shipping
Total
There was an error with PayPalClick here to try again
CelebrateThank you for your business!You should be receiving an order confirmation from Paypal shortly.Exit Shopping Cart

HCS-FC

心からのサービスをあなたへ

Blog

view:  full / summary

テーマの副題

Posted on September 23, 2019 at 7:38 PM Comments comments (252)
昨日、新しいテーマで投稿をスタートする事をお伝えしましたが、今日はそのテーマの
副題について、少しだけ触れたいと思います。

副題は、『相対性の超越と自分』です。

私が常々感じる事ですが、世の中は自分と言う存在が在り、その自分が相対的世界を
見ている。
そしてその中で、何が正しい、間違い、何が良い、悪い、何が好き、嫌い、誰が勝った、
負けた、善悪、貧富、陰陽、プラスマイナス、男女、高低、強弱、生死等々・・ ・様々な
判断を迫られる。

そんな中で私は、相対的思考の向こう側に在る、存在を越えたものにたどり着きたいと
思っている。
矛盾している様に感じるかも知れない。
存在しているはずの私が、存在を越えたものにたどり着く事など出来るのか?と。

このテーマは少し深いですが、私にとっては大切なテーマですので、副題として追究し
深めて行きたいと思います。

詳細はこれから綴って行きますが、私が私の存在を超える日も近い様な気がしている。

貴方はどう思われますか?
率直な意見を教えて欲しいと、心から思います。

ありがとうございます。




気付きと覚醒

Posted on September 23, 2019 at 10:59 AM Comments comments (1)
今日から投稿再開です。
長らく書いていませんでしたが、やっと普遍的テーマがまとまりましたので、今後そのテーマ
に沿って書いて行こうと思います。
今日はそのテーマと、概略について簡単に書きたいと思います。

今、日本で現存する最古の書物が、615年に聖徳太子が書いた法華経義疏(ほけきょうぎしょ)
ですが、その中に、国王の子(王子)が友人をお城に招いた一節が有ります。
その教訓をテーマとしたいと思います。

どの様な話かと、簡単に言いますと、お城に友人を招いた王子が、酔って寝てしまった友人の
服の裏に、お金に替え難い宝を縫い付けて、公務で他国へ旅立ちました。
酔いから醒めた友人は、酔って寝ていたので、宝を縫い付けられた事を知らないまま、いつも
通りの生活に、日々追われます。

服の裏には、無二の宝が縫い付けられているのに!!!
このお話の教訓は大きく3つあると思います。
殆どの人は、この酔っ払いの友人と同様に、宝が縫い付けられているにもかかわらず、その
価値に気付いていないと言う事と、もう一つは、宝そのものを持っている事自体に気が付いて
いない事、そして酔っ払っていると言う事にも気が付いていないと言う事。

私は、この教訓、3つの気付きと、その目覚めをテーマにしたいと思います。

1、価値への気付き。  2、宝への気付き。  3、酔いへの気付き。  そして覚醒へ。

今後は、このテーマを、私なりに掘り下げて、自分自身を更なる気付きと覚醒へ、導いて行き
たいと思います。

今日はこの辺りにしておきます。

いつも ありがとうございます。

PS
あなたは自身の宝やその価値、酔いに気付いていますか?
それとも、もう気が付いて、覚醒していますか?
一緒に考えていければ幸いです。
 「ありがとうございます」







事実との向き合い方

Posted on February 23, 2018 at 2:22 AM Comments comments (220)
今日は、11か月ぶりの投稿です。
何をしていたかと言うと、冬眠して居たわけではありませんよ。

簡単に言うと、新しい情報、知識、データベースの再インストール(読み込み)です。
たった数か月で何が変わったのか? 不思議に思われる方もおられるでしょうが、
私からすると、よくある事です。

ビジネスの世界では普通にありますよね、車のモデルチェンジとか、企業統合とか、
様々な事が。

しかし、私の場合は少し規模が違います。
世界的事実の転換を知っての、インストール(読み込み)のし直し。
1つや2つではありませんでした。

今までの事実を覆す位インパクトがあり、またパラダイム転換、カルチャーショック
を受けました。
良い意味で、刺激的な数か月でしたが、私が求めていた事でもあります。


内容は、書ける事と、書けない事がありますので今は伏せますが、少しずつアップ
して行きますね。

それでは、今日のタイトルですが『事実との向き合い方』です。

私の、今回の経験の中から少しだけ、事実との向き合い方を紹介しようと思います。

例えば、あなたが今まで見聞きして来た事が全てでたらめで、事実と異なるとしたら
どの様な反応をするでしょうか?
また、反対にでたらめだと思っていた事が事実だったらどうでしょうか?

率直にどう思われますか? …

その事実の受け取りを拒否しますか、それとも速やかに受け入れますか? 
それとも…

私も速やかではありませんでした。
また、情報自体は、数年前から受け取っていましたので、数年吟味して、整合性を
確認したり、裏情報を取り寄せたり、資料集めをしたり、事実関係としての整合性を
様々な角度、方向から調べて見ました。

また、人が数万、千年来、この地球上で、同じ様な環境や条件では、同じ様な行動
を執ると言う事を前提とした、相似象と言う観点からも見ました。
相似象は、ある一定の条件のもと、必ずそうなる現象。

例えば、冷たい空気と暖かい空気がぶつかり合うと雷が発生したり、身近で言うと
怒られると、しょぼんとしたり、泣いたり、逆切れしたり、機嫌が悪くなったりします。
反対から見ると、雷の時は、空気の摩擦がある事が判り、泣いている時は、何か
嫌な事があったんだなと判ります。

その様な似象を調べると、実に面白い事が多々出て来ます。
私達の棲む世界は、相似象の世界にいると言い換えてもよい程です。

人間は宇宙のエネルギーワークの一環としてこの世に現象化しました。
そこから宇宙認識が始まり、人間から見た宇宙が始まりました。
多くの方が、自分は宇宙ではないと思っていると思いますが、宇宙そのものです。
体内で起こっている事、構成要素どれを取っても宇宙(太陽、地球含む)です。

そう言った中から、相似象の事実を丁寧に探し、事実を事実として認識していく。

リンゴが木から落ちずに、空に飛んで行ったら、相似象(引力の働きで物は全て中心
に引っ張られる)になりません。
もしそうでないのなら、前提条件が違う事になりますから。

そうしながら、私は、数年を費やし、調査、研究しました。

そのおかげで、沢山の事が腑に落ちました。

因果、陰陽、善悪、生死、これらのメカニズムまでも相似象として見れたのです。

結論から言いますが、事実の見方、向き合い方は、相似象として見ていくと良いと
思います。

それらが見え出すと、面白いことが起こります。

自分が考えていた事が誰かが考えていたり、誰かが考えている事を自分が考えて
いたり。
実に面白いのです。

貴方も、相似象と言うものの見方、捉え方を、思考の中に取り入れて見ては如何
でしょうか?

詳しく知りたい方、分からないと言う方は、遠慮なく、ご連絡ください。

次、何時になるか分かりませんが、具体的な中身も少しづつお伝えします。

限りある時間の中、今日と言う一日を、有意義にお過ごしください。

いつもありがとうございます。


言葉と心

Posted on March 23, 2017 at 12:57 AM Comments comments (97)
今日は、朝から事務仕事に専念、動の仕事、静の仕事、実際にビジネスを動かしている
のは、静の仕事です。

大切な仕事ですので、一つ一つを丁寧に行います。

外は、穏やかに晴れ、春の彼岸、ご先祖様に感謝をしながら、机と自分に向かう。


今日のタイトルは、『言葉と心』です。

最近私が、強く感じる事ですが、心と言葉が一致していない人がとてもとても多い。

一応、それらしい言葉を見繕い、話しているが、心(想い)からはかけ離れた言葉を使う。

判からないとおおもいの方もいるとは思いますが、人は、敏感に感じ取る事が出来る。

簡単に例を挙げると、自信が無いのに、ある様に見せたりしても直ぐに判かります。

それが、いけない事と言う訳ではないのです。

ただ、自分自身に対して投げかける言葉が、それであってはしんどい。

想いが宿った言葉には、多少の違いはあるが、もの凄い力がある。

決断して、決めた想いには、凄まじい力が宿る。

反対に、偽りの言葉を投げ掛ける時、力を失ってしまう。

だから、外での会話では、どうでも良いと言っては語弊があるが、少なくとも自分自身に
投げ掛ける言葉は、心からの想い、愛、感謝、決意を持って語りかけて欲しい。 

言葉は丁寧に、熱く、想いを持ち、正しく使わなければいけない。
包丁や、車、薬等でも、間違った使い方をすると、身を滅ぼす危険なものになる。

言葉は特に、目に見えないからこそ、余計に慎重に扱わなければならない。
直ぐに人を傷つけたり、命を奪ったりしてしまうから。

しかも、言葉を使うのに、免許証はいらないし、どこにでも持って入れる。

実は、正しく使わなければいけないのは、言葉だけではない。
その前提となる、心も同様である。
また、心、言葉、から運用される体、即ち行動も同様だ。

あなたは、心、言葉、行動を、車の運転と同じ様に、注意深く、慎重に、事故を起こさない
様に運用していますか?

暴走族や、走りやや、非社会的組織の様に、『心、言葉、行動』が乱れていませんか?


言霊学と言う学問がありますが、心、言葉、行動が一致している状態を『三事』と言います。
三事=『命』(みこと)、即ち、いのちが活々と躍動している状態を指します。

昔から、『命』と言えば、神社等では、お祀りしている神様の名前の最後に付きます。

私達は、何千年も、命=三事=心、言葉、行動の一致を、大切にしてきたのです。

また、一致させる努力を惜しまず、精進してきたのです。

私達が先ず始められる事は、言葉を心に一致させていくことだと思います。
その事自体を大切に思う、心を養う事も大切です。

堂々とめぐりになりますが、巴の紋章をご存知だと思いますが、巴紋は三つが絡み合う形
になっており、三つで1つです。
この様な事からも、心、言葉、行動の一致は、大切にされてきたのです。

あなたの心に投げ掛けている言葉は、どの様な言葉でしょうか?

愛でしょうか? 憎しみでしょうか? 優しさでしょうか? 激励でしょうか? 不満でしょうか?
不安でしょうか? 感謝でしょうか? 言い訳でしょうか? やり場の無い怒りでしょうか?

日々お忙しいとは思いますが、たまには、自己チェックをして見てください。
心、言葉、行動のメンテナンスも忘れずに。

あなたの心に、幸多い一日であります様に。

  『 あ り が と う ご ざ い ま す 』


大晦日と晦日と毎日

Posted on January 16, 2017 at 11:20 PM Comments comments (96)
今日はまだ、年末から終わっていない仕事の続きです。

漸く一段落が、二十日?、ごろ、多分? には着きそうです。

一番大切な仕事の1つですので、手抜きする訳にもいかず、悪戦苦闘。

終わった後には、もの凄い開放感、満足感がある。

年明けは、色々と分析する事も多いし、やる事も多い。

ただ、やらなければならない事なので、必ずする事だ。

とても大切で、意義もある事なので、全身全霊を傾ける。

あなたは、その様な全身全霊を傾けるに値する様な、儀式(仕事)はありますか?


今日のタイトルは『大晦日、晦日、毎日』です。

私には、大切な事をするタイミングが、大きく分けて、3つあります。

それを示したのが、上のタイトルです。

大晦日(年末)、晦日(月末)、毎日、小晦日(日末)です。

全て、このタイミングで、様々な事を分析します。

仕事然り、出来事然り、生活然り、経済然り、歴史然り、哲学然り、自身の行い然り。

その他様々な分析をやります。

より正確に分析する為には、数値化は、必ずと言ってよいほど大切ですし、様々な事象や、
反応に、因果を求める事も、大切です。

これらを、大晦日、晦日、小晦日にやります。

その効果(結果)は如何に?

自身のやっている事が、どの方向に、どの様に進み、どの様な影響を与え、どの様な意義、
効果、価値、結果を得たか?   当たり前ですが、段々と理解出来てきます。

あなたは、自身の言動や、それらにより得た、反応、事象、結果の成否を、どの様に理解、
分析していますか? また、していませんか?

あてずっぽうに、多分大丈夫だと、感に頼っていますか? それとも、一つの指標(信念)に
基づいていますか? ある哲学に従っていますか? 数値化していますか?

いろんな方がおられると思いますが、哲学があろうがなかろうが、信念があろうがなかろうが、
哲学があろうがなかろうが、効果、結果は把握しておいた方が良いと、私は思います。

どんな事でもそうですが、家族、友人、仕事、顧客の把握位は一応。

こんな事を言うと、堅苦しいんじゃないの?  と思われますが、そんな事は全く在りません。

反対に、対応する術や、相手がいる場合、相手の意図、気持ち、感情なども、推察出来る為、
対処、対応、選択、優先順位等、容易に判断出来たりします。

これさえ(日々の分析)していれば、後は、それに身を任せる。

そして出た結果をまた分析し、また身を任せる。

頭の中が整理されているので、スッとやる事が出て来る様になりますよ。

私達の頭の中は、日常に振り回されると、大切な事を、直ぐに忘れてしまいます。

そうならない為の、予習、復習、対策見たいなものでしょうか?
(センター試験時期ですので勉強に当て嵌めました)
 
騙されなくもなります。    備えあれば憂いなし。

参考にしてみてください。

幸せな人生を。

 あ り が と う ご ざ い ま す

武士道と愛の共通点

Posted on January 5, 2017 at 12:37 AM Comments comments (0)
今日は、とても良い天気で、気温も高め、穏やかな日差しに恵まれた。

太陽の光に目を細め、肌に温かさを感じながら、また風を感じながら、仕事場に到着。

仕事始めと言う事もあり、のんびりと朝のひと時を味わっていた。

私は「幸せ」を感じながら「今」を生きている。

「ありがとうございます」   素直に感謝の気持ちが湧いてくる。

「今」は、二度とやって来ない事も解っている。

だからこそ、尚更 「今」 が愛おしいと思う。

無駄にしたくないと思う。

思えば思うほど、体感する時間の、速さが増す事にジレンマを感じる。

そう思い、ゆっくりと深呼吸をして、体の力を抜き、頑張るのを止める。

幸せが、また込み上げて来る。

また感謝する。

この繰り返しの毎日。


今日のタイトルは『武士道と愛の共通点』です。

幸せに包まれる日々を生きている私ですが、必ず人生の終わりがやって来る。

当たり前の事ですが、再認識したい。

そして、その時に私の脳裏に浮かぶ言葉が、『武士道とは死ぬことと見つけたり』だ。

余り深く考えずに言葉だけ、日常的に触れている。

しかし、この言葉の奥深くに込められた想いは、とてつもなく重いと思う。

その一瞬一瞬に、人生を捧げた人間の言葉でもあり、その覚悟が伺える。

私は、この言葉には『私心』ではない違う原理、『利他心』の様なものを強く感じる。

言い換えると『愛』の様なものを感じる。

愛は、私心より大きな力、原理によって動かされていると強く感じる。

思わなくても、そうしてしまう様な大きな力に動かされている状態。

武士道=愛とも言い換える事も出来る。

私は置き換える、『愛とは死ぬことと見つけたり』

誤解しないで頂きたい、ただ死ぬのではない、何か大切な者、物、事の為に自身の命を使う。

ここに、己の心を置く。

その他の事は、その為の手段にしか過ぎない。

コロコロと変わる手段に意識がいくのではなく、その在り方そのものに意識を向ける。

この『在り方』の元『原因』が愛で在り、武士道で在る。

命は粗末にするものではないし、ほっといても自然と尽きるもの。

だからこそ、死ぬことと見つける事が大切だと強く思う。

死ぬことと見つける事で、今、自身の命が輝く。

自身の為だけに頑張ると、命が曇るし、醜くく見える。

輝いていない『命』はもはや『いのち』ではない。

命の使い方を知る為の人生を生きる。

知ってしまえば、『死ぬことと見つけたり』の実践の人生。

武士道、愛を生きる人生。

感謝の人生。

幸せ「仕合せ」の人生。

命尽きるその日、その時まで。

『ありがとうございます』

PS
昨日の続きの記事なので、天気等は、昨日1月4日のものです。

自然と人間

Posted on October 9, 2016 at 11:13 AM Comments comments (0)
今日は、久しぶりにゆっくりとした一日を過ごしました。
本当に久しぶりです。

記事を書くのも、数か月ぶりになります。(最近はデータ投稿ばかりだったので)

私が最近、特に強く感じる事を、今日は綴りたいと思う。


今日のタイトルは、『自然と人間』です。

最近、私が強く強く感じる事があります。

それは、人間が自然からどんどん離れて行っている様な感があります。

実際に離れた暮らしをしていると言うわけではなく、意識の上で、離れている様に感じる。

都会は特に顕著で、人間の万能感を強く持っている人が、特に多くなっている様に感じる。

私達は、宇宙、地球、国土、水、空気、食物、太陽、様々な環境(自然)の中で、条件が整った事
により、また、環境(自然)適応能力を身に付けた事により、生きている。(生かされている)

そんな絶妙な環境の中で生きている私達人間が、万能感に浸り、危機意識が薄れ、傲慢になり、
自然との調和を忘れる事で、どの様な事が考えられるのか?

私は単純に思う、自然からの報いを受けるだろうと。

これは、良くも悪くもである。
必ず、報いを受ける。

もし、今、自分が報いを受けていないなら、報いを先延ばしにしているか、自分自身以外の誰か、
もしくは、何か(環境、自然)に転嫁しているに過ぎない。

その事を、踏まえて、心得て生きている人間がどれ程いるのか?

私達は、傲慢であってはならない。

傲慢さは、自然の前では何も意味をなさない。

もし、自然に傲慢な態度で挑もうなら、自然に飲み込まれるだけだ。(自然に帰る=死)

私達が学ばなければいけない事は、自然と共に、どの様に調和するか、自然を畏れ、その畏れ
をどの様に生活の中に受け入れて、生きるか? だと思う。

過去に、先人達が培って来た叡智を、私達が潰してはならない。

どんなに、化学が進歩しようと、医学が発達しようと、文明が発達しようが、経済が高度化しようが
この(自然との調和)だけは、人類が避けては通れない宿命の様なものだ。

本当の危機は、戦争でも、貧困でも、経済の破綻でも、難民問題でもなく、人間が自然から離れ、
傲慢になり、自然との調和を忘れる事だ。

1、自然 2、自然と人間の調和 人間も自然の一部と考えると解かり易い。

本当に大切な事を大切に出来る社会は、何時になれば出来るのか?

私は、その為の取り組みの、先ず基盤を作りたいと思う。

『自然中心の』、思考、環境作り、生き方、仕事、経済活動、人間関係、あくまでも自然が主役の
社会作りを、続けて行きたい。

人間は、自然の中で、ちっぽけな存在だけれど、環境を自ら作る事が出来るのも人間だけだ。

人類の課題は、自然から離れた所に居ては、見えない。

自然と向き合えば向き合うほど見えて来る。

目先の問題に振り回されない様に、しっかりと『自然を見据え』向き合って欲しいと思う。

多くの人に、自然と向き合う時間、自然を考える思考、生活スタイルを確立して欲しいと強く思い
綴りました。

私のブログは、多くの人に見て頂いて、何かしら実行に移して頂きたいと思って綴っている。

自分の為、と言うより、多くの人々が と言う気持ちの方が、遥かに大きい。

あなたの人生が、素晴らしいものになります様に。


自然と調和すると、ノンストレスになりますので、病気になるリスクも、今より格段に下がるんじゃ
ないでしょうか?

毎日、自然と向き合う時間を作りたい方、ご連絡ください。
簡単な方法お教えします。

それではまた。

有難うございます。

ネット国内資金需要グラフ

Posted on September 11, 2016 at 10:43 AM Comments comments (93)
今日も、日本にとって重要なグラフを掲載します。








以上のグラフの相関関係を見て、あなたは何かお気付きですか?

GDPのグラフと重ね合わせると、面白い事実に気付けると思います。

また、何故そうなるのか? と言う事にも気が付くのではないでしょうか?

日本がどうすれば、景気(GDP)が向上するのか、経済力を向上させる
ための方法が、このグラフには示されています。

政府や公的機関の公開情報の中にも、真実を表している、物語っている
情報は、沢山あります。

誤魔化し様のない情報を元に、分析力やリテラシーを身に付けると、真実
が浮き彫りになります。

一度、自身で分析して見て!!

面白いから。

マネタリーベースとインフレ率

Posted on July 28, 2016 at 9:05 AM Comments comments (0)


マネタリーベースと
インフレ率のグラフ

日銀が国債を三年で
250兆円も買い取っ
たにも関わらず、全く
インフレ効果がない事
を示すグラフ。
(国債の貨幣化政策)






金融政策だけでは、デフレ脱却は出来ず、需要を生み出す効果がない事を
物語っている。

財政政策と、金融政策がセットで動いて初めてインフレ効果がある事も示唆
している。

このグラフだけでは判らないが、財政政策により、「国債」の発行が必要だ。

日銀の今の金融政策を続ける為には、銀行の国債保有量が必要。

後、2,3年すれば、銀行保有の国債が、日銀に買い取られてしまい、買い取
る国債が、なくなってしまう。

政府は、「国債」を発行する事による、財政政策が求められる。

銀行の国債保有残高を増やす為にも必要。

プライマリーバランスの黒字化は、緊縮財政を生み、今の日銀金融政策や、
政府の財政政策を、無効にしてしまう危険な政策になる。

一般の家計や、企業とは、政府の会計は違う事を、知って欲しい。

政府は、紙幣発行権を持った、特殊な機関である事、政府が国債を発行して
日銀が国債を買い取れば、実質、プラマイ0になる、特殊性がある。

また、政府が財政政策(出動)すればするほど、所得は増える。
(この事を示すグラフはGDPの伸び率と財政出動の相関関係を見ると判る)

政府と国民所得との相関関係をよく分析して頂きたい。

常識は立場によって違う事を、しっかりと理解しないと、本当の事は判らない。

今日は、グラフの解説のみです。

PS
日銀の最新データでの、マネタリーベースが403兆円を超えたそうです。
マネタリーベースとは(市場流通通貨、紙幣+日銀当座預金残高)

経営と経済(公共)の関係性

Posted on July 27, 2016 at 12:04 PM Comments comments (95)
今日は、朝からお客様の許へ。

有意義な一日になりました。

明日の仕事の準備にも時間を割けて良かったです。

いつも感謝の気持ちでいっぱいです。


今日のタイトルは『経営と経済の関係性』です。

先ず、経営の方から見ていきましょう。

経営とは、社会に需要を生み出し、商品、サービスを提供し、社会に資する活動であり、その結果
利益をあげる。
その利益の中から税金(法人税、そこで雇用されている人は、所得税)を支払い、社会に資する。

全体的に見ると、雇用されている人は、消費者でもあるので、所得の中から消費する。

この循環(企業設備投資、給料)プラス、政府(公共)支出を合わせた総額が、一般的に総生産、
総需要、総所得と言う。

企業は、この経営により、利益を追求しながら、社会性を得る。(雇用、納税、商品役務の提供)


一方で、公共は?と言うと、税やその他の収入を財源として、社会全体を潤滑に運営できる様に、
調整する働きを持つ。

一般的に、あまり知られていないかも知れないが、公共は本来、社会全体の『バランス』を維持す
る為の調整、又は、規制する為にあると言える。

また、『直接的』に利益が出ない、しかしそれを行わないと、間接的に国力や、経済力、安全保障
災害、生命維持に、大きな損害(棄損)が出かねない事態等に当たる。

この、公共を、経営の観点から考えると理解出来ると思うが、『直接的』に利益が出ない事を経営
者が行う事等はないし、従業員が居たならば、給料は払えない事になる。

この事から、経営は、『直接的』利益の出ない事は出来ないのが、お判り頂けると思う。

これらを公共が担う。

今、民営化が多くの常識の様に言われているが、ここを理解していないから、そう言う議論になる。

大切な事は、公共の『在り方』中身であって、公共が必要かどうかではない。

最終的に経営も、公共なしに、成り立たなくなる。(ここでは理由は書かない)

勿論、公共も、経営なしには、成り立たない。(このバランスをとる役割を公共が担う)

公共は、国民、県民、市民の共有財産だからである。

経営は、共有財産ではなく、私有財産(経営者、もしくは、株主のもの)になる。

この、経営と、公共の関係性を理解した上で、民営化や、社会システムの在り方、中身を考えて
政策等の、判断基準にして頂きたい。

明るい未来は、正しい政策により実現可能だ。

より多くの市民、国民が理解する事でしか成し遂げられない。

社会から弾かれた人達がまた、社会性を取り戻せる政策を、経営に委ねられるはずもなく、公共の
役割が今ほど求められている社会は、実は無い。

本当の事が見えて来ると、当たり前の様に理解出来る事も、歪んだ情報、教育、環境の中にいる
と見えなくなる。

自分自身の立ち位置を普遍的なものにする事で、絶対にブレない精神を構築して頂きたい。

世の中がどんなに変化しようとも、変わってはいけないものや、事、がある。

それに気付いた時、掛替えのないものが手に入ると確信する。

あなたも、掛替えのないものを手に入れてくださいね。

素敵な毎日を!!

有難うございました。


Rss_feed